2015年 10月 27日
風の歌と磯永秀雄 |
磯永秀雄は、私の人生のもっともつらい時、静かに励ましてくれた。
だからこうして今まで生きてこられた。
彼は真の友であり、藝術の先輩だった。
いつも見守ってくれたが、あまりにも早く旅立った。
詩は感動である。
言葉だけではどうにもならぬ。
判りやすい、平易な詩。
それが好きだ。
2015年10月27日 藤井義昭
風の歌
磯永秀雄
Ⅰ
たとえば 風に聞け
今おまえは私に何かささやいたのか と
答えるだろう 風は
私はわたるだけ
あなたの聞いたのは私の父祖の言葉であろう と
そうしてさらに
君の耳もとでささやくであろう
私は<今>を生きていくだけ
私は立ちどまってはおられないのだ と
明日と そして
墓場のかたへ
私は静かにわたっていくだけ と
取り残された君に
また吹き来る次の風はささやくであろう
私たちは いまだ
生きすぎるということを知らない と
Ⅱ
風が草木にささやこうか
どんなやさしさが風にあろうか
おのが身を切りさいなんで
ためらいながら春の野をゆく風に
なんの憩いがあろう 想い出があろう
風にあるのは非情のつめたさ
風にあるのは永劫のいのち
風には
そらぞらしい青春などまるでないのだ
風は
絶えず若かすぎるか 老いすぎている と
Ⅲ
居たたまれないのだ
天の静けさに また 悲しみに
だから風は吼えながらわたっていくのだ
墓場へ 墓場へ 生きるために
その慟哭をなんでひとびとが知ろう
風は組む腕を持たない
人々の耳に また心の貝殻に
鳴っているのは風の咳
落ちてゆくのはその風の影
しかし 風は鳴らない
麦の穂波も こずえの揺れも
なんであの風の声などであろうか
居たたまれないのだ 風は
宿りを捨ててわたるのだ
追うために 生きていくのだ
Ⅳ
温かいものは輝くであろう
輝きながら限りなくやさしく
いのちを 外側から
ゆっくり抱いてくれるであろう
そこに憧れたふるさとのようなものが
ちらちらと見えがくれしたりして
いのちはよろこびにふるえたりするであろう
しかしふるさとのようなものが
なんで心のしんそこに触れ得よう
似ている温かさが そのものでないいのちの名残りが
風は拒絶する 風は乗り超える 風は振り向かない
風は 私の眼を抜いて 吹く 涙を抜いて
Ⅴ
たとえば いまいちど風に聞け
今おまえは私に何かささやいたか と
答えるだろう 風は
生きられるか? 生きられるか? と
そうして浮雲のおとす影のように
明確に 君の胸の上に
冷い十字架を置きながらささやくであろう
私の吹くかたへそのおもてをむけるがよい
北へ 西へ また南へ と
Ⅵ
やがて風に渡された十字架を折る時が来る
静かに燃える颱風の眼のように
はげしい渦巻の中で
倒れるための墓場を
かっきりと見据えてやまぬ時が来る
だからこうして今まで生きてこられた。
彼は真の友であり、藝術の先輩だった。
いつも見守ってくれたが、あまりにも早く旅立った。
詩は感動である。
言葉だけではどうにもならぬ。
判りやすい、平易な詩。
それが好きだ。
2015年10月27日 藤井義昭
風の歌
磯永秀雄
Ⅰ
たとえば 風に聞け
今おまえは私に何かささやいたのか と
答えるだろう 風は
私はわたるだけ
あなたの聞いたのは私の父祖の言葉であろう と
そうしてさらに
君の耳もとでささやくであろう
私は<今>を生きていくだけ
私は立ちどまってはおられないのだ と
明日と そして
墓場のかたへ
私は静かにわたっていくだけ と
取り残された君に
また吹き来る次の風はささやくであろう
私たちは いまだ
生きすぎるということを知らない と
Ⅱ
風が草木にささやこうか
どんなやさしさが風にあろうか
おのが身を切りさいなんで
ためらいながら春の野をゆく風に
なんの憩いがあろう 想い出があろう
風にあるのは非情のつめたさ
風にあるのは永劫のいのち
風には
そらぞらしい青春などまるでないのだ
風は
絶えず若かすぎるか 老いすぎている と
Ⅲ
居たたまれないのだ
天の静けさに また 悲しみに
だから風は吼えながらわたっていくのだ
墓場へ 墓場へ 生きるために
その慟哭をなんでひとびとが知ろう
風は組む腕を持たない
人々の耳に また心の貝殻に
鳴っているのは風の咳
落ちてゆくのはその風の影
しかし 風は鳴らない
麦の穂波も こずえの揺れも
なんであの風の声などであろうか
居たたまれないのだ 風は
宿りを捨ててわたるのだ
追うために 生きていくのだ
Ⅳ
温かいものは輝くであろう
輝きながら限りなくやさしく
いのちを 外側から
ゆっくり抱いてくれるであろう
そこに憧れたふるさとのようなものが
ちらちらと見えがくれしたりして
いのちはよろこびにふるえたりするであろう
しかしふるさとのようなものが
なんで心のしんそこに触れ得よう
似ている温かさが そのものでないいのちの名残りが
風は拒絶する 風は乗り超える 風は振り向かない
風は 私の眼を抜いて 吹く 涙を抜いて
Ⅴ
たとえば いまいちど風に聞け
今おまえは私に何かささやいたか と
答えるだろう 風は
生きられるか? 生きられるか? と
そうして浮雲のおとす影のように
明確に 君の胸の上に
冷い十字架を置きながらささやくであろう
私の吹くかたへそのおもてをむけるがよい
北へ 西へ また南へ と
Ⅵ
やがて風に渡された十字架を折る時が来る
静かに燃える颱風の眼のように
はげしい渦巻の中で
倒れるための墓場を
かっきりと見据えてやまぬ時が来る
by Ygongitune
| 2015-10-27 20:00
| ゴンギツネの回想